画家 |山田けんいち   

画家山田けんいち|色で楽しむ絵画の世界

About

山田けんいちの幸福感あふれる世界 作品について☆

山田けんいち作品は日常の幸福感にあふれています。
そこには多くには動物たちが登場します。
彼らはとぼけた表情にもなり、
いたずらっ子にもなり、
おやつちょうだいのポーズもするし
楽しく話しかけてきたりして
日常の風景を喜ばせています

樹木や草花は華やかに彼らの周りを装ってくれます。。
ケーキやお菓子それに野菜や果物も「美味しそうでしょ。早く食べてね。」
と主張してきます。
動物と遊んだり、
植物を眺めたり、
美味しいものを食べたり
日常を愛でるように暮らしています。

時には空想をふくらませ
動物達と一緒にピクニックや川遊びをします。
少し遠くの森や川辺など気持ちのいい場所に好んで出かけます

空想と日常の間を自由に行き来しながら
そこでの幸福感を絵に表現します。
似合った色がピタリと決まるまでいろいろな色を試し、塗り重ねていきます。
お菓子色やパステル色のなかに幸福をたくさんつめていきます。
それは楽しい色遊びの時間です。

色遊びを通して幸福感や生きる喜びを多くの人と分かち合うのが画家の願いです。


山田けんいち プロフィール

幼少期

子供のころから
絵を描くことはとても好きでした。

子供は皆
絵を描くことが好きですが
僕は周りの子よりも一段と
絵を描くことが好きな子供でした

保育園に通っていた時
授業で運動会のことを絵に描きました。
その絵は
いろんなところで
いろんな人が
いろいろなことをしている様子を
俯瞰的に表現したものでした。

とても楽しんで描いたことや
保育園の先生や、お友達も上手、上手と
喜んでほめてくれたことを今でも覚えています。

小学生の頃

小学校に上がると
自分よりも上手に絵を描く人が何人かいました。
それは明らかでした。

ただ僕は自分と
その子たちと比較しませんでした。

それは自分の絵の方が
味があるような気がしたからです。

他の上手いだけの子とは違う
「自分の世界観」のようなものが
なーんとなくだけれども
潜在的にあったようです。

普通、絵が好きならば
絵画教室にでも通うのかもしれないけど
絵画教室なるものの存在すら知らない僕は
小学校中学年になると漫画に夢中になり
漫画家になるつもりでいました。

親は柔道とかをやらせたかったようでしたが
そういうものには興味がなかったので
というか嫌だったので
激しく抵抗したのを覚えてます。
嫌いなモノにはテコでも動かないのです。

学年が上がるにつれ
だんだん絵を描いたり漫画を描くことは
減っていきました。

普通の下町育ちの子供として
育っていったということです。
それでも授業とかでは楽しく描いたりしていました。
中学生~高校生の頃

中学~高校にかけては
美術の授業でも
反りの合う先生にであうこともなく
ほとんど創造的なことはしていませんでした。

進路選び~大学生の頃

下町育ちの僕の周りには
画家だのデザインだの美術大学だの

という世界は縁のないところで
どうせ食べていけないでしょ
という考えがいつの間にか
自分の中にも定着していました。

そこで、
描いたり作ったりすることに関係があって
将来職業としてもやっていけそうだ
とうい理由で選んだのが
建築学科だったのです。

建築の世界は楽しくて深いのですが
デザインをするときに
論理的に考えることが

必要なになります。
どうしてその場所に
それが必要なのか?とか
なんでこの建物は
こういう形になるのか?とか

説明が必要になってくるのです。

山田けんいちのアトリエ 撮影:田中伸明

そのあたりの事をもっと楽しくできら
建築家になっていたかもしれません。
上手く課題ができなくて
ムダに悔しい思いを
よくしていました。
再び絵を描く生活へ

なんか建築は違うなーと感じ始め
大学在学中から就職する前に
絵をきちんと学んでおきたいなー
と思うようになりました。

ある日、お友達から
ある絵の学校のパンフレットをもらいました。

その学校は
授業料も安く
入学は試験ではなく
くじ引きで決めるという
変わった学校でしたが
パンフレットに書かれている内容が
とても気に入って
毎日飽かずに眺めていました。

倍率の高い
くじ引きも一発で通り
大学卒業後その学校に

入学しました。
結果としてここに

入学して良かったです。

週3回は設計事務所で
アルバイトをしていました
模型を作ったりで
この仕事は大変でしたが

楽しかったです。

学校での最初のレクチャーで
校長先生が

「色と絵」について
話してくれたのですが
その時の話の内容が
とても分かりやすく

印象に残っています。

今でも楽しく
絵を描き続けつづけられるには

そのレクチャーで
聞いた話が基盤になっているからです。
絵の学校卒業後

友達にも恵まれ
あっという間の2年間だったな。

卒業制作で優秀賞を
もらったもらった時は
うれしかったな。

しかしここからが
スタートだったようです。

絵の学校を出てから
自分らしい作品が
描けるようになるまでは

時間がかかりました。

授業で描くのと
自分の作品として描くのは
だいぶ違います。

何を 描いていいのか分からず
描けなくなりました。

描いてみるけど
やっぱり描けないを
繰り返し、

それでも続けていくうちに
あるとき突然良くなっていく時期があります。

自分の世界を表現しつつ
絵画としての質も高まってきました。
卒学校を業してから
10年近く経っていました。
作家活動を始める

そのころから
個展をするようになりました。

銀座で10年少し個展を続けていますが
たくさんの人、
画廊のオーナー、スタッフ
お客さん、作家さんたち
とご縁を持つことができました。

ただ、最近もっとたくさんの人に
自分の事を知ってもらいたい
という気持ちが大きくなり始めました。

同じやり方で続けることも
いいかもしれませんが
固定化してしまうと退屈です。

もっと流動性をもって
活動の場を広げていくことは
刺激になるし
作品にも影響を与えるだろうと思います。

そんなわけで
今は
新しい表現の場を模索中です。

自分に正直に生きる

振り返ってみて・・
「自分は絵を描くことが好きなんだ」
という思いが

いつも無意識の中にあります。

それに従わないと
うまくいかなくなったりして
そっちじゃないよー!と
日々の出来事が
教えてくれているように
感じます。

それで軌道を修正します。

絵を描くことを
生活の中心に戻すと
追い風が吹くように感じます。

自分の無意識は
どこへ連れて行っていこうとしているのかな?

この先どんな出来事が
展開していくのかな?

赤城神社 赤城カフェにて 撮影:田中伸明

お楽しみはこれからだ!
と思っています。


略歴

千葉県生まれ
大学の建築学科を卒業後、セツモードセミナーで絵を学ぶ
2006〜個展による絵画作品の発表を開始。

個展・グループ展
2006,2008 ギャラリーポート個展
2010~2015 画廊宮坂個展
2011,2013 ギャラリーゴトウ 個展
その他、グループ展参加

受賞
2010  現代日本美術界賞 現代日本美術界特待賞
2012  松山庭園美術館『猫ねこ展2012』山口マオ賞

寄贈
2012  北海道常呂群置戸町 置戸ぽっぽ絵画館

作品集
2012  山田けんいち作品集 vol.1♡ぱふ〜ん♡

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